【最後の大事なジャガイモ】

【最後の大事なジャガイモ】

 カレーを作っていた。カレーに入っているジャガイモの仕上がりはトロトロが良いか、少し食感が残る方がいいか意見がわかれる。

 仕込みの後半に入れたジャガイモも、出来上がる頃には、思いのほか形が崩れ始めていた。そこで私は冷蔵庫に一つ残っていたモノを丁寧に洗い、皮を剥いて半分に切った。

 その半分をまた四分の一に切って、鍋に入れる。余熱で温めて、食べる時に再加熱してもらえれば、丁度いい食感の残るジャガイモと、トロトロのジャガイモの両方が味わえるカレーになる。

 そのはずだった。

 カレーの仕上がりと好みは人それぞれだから、ある意味作るのが難しい。それでいて、誰が作っても美味しくなるから、自分のカレーじゃなく、人のカレーが食べたくなる。

 私のメインのカレーのレシピは、しっかりとメモにとって出来るだけ同じように、毎度三日間かけて仕込む。しかしそうやって長い年月をかけてレシピを作り込んできた、自分的一つの完成系カレーは自分ではテイスティングしかしなくなる。

 家で作る時はいつも、気分で鶏肉、豚肉、挽肉、鯖缶、ミルクベース、トマトベース、スープ、ペーストと、スタイルがあり、それを冷蔵庫の中身と相談して作るから、いつもカッコ付きの「いい意味で」味がブレてくれる。そのブレから発見を得る時もある。

 そんな風に思いながらカレーを作ってきたら思わず、はじめに入れたジャガイモが溶け始めたので、冷蔵庫の最後のモノを入れようとした。その時、待ったがかかったように聞こえた。

 「それ最後の大事なジャガイモだったんだよ。」

 最後のジャガイモの意味がわからなかった。なぜジャガイモを最後の晩餐のような言い方で表現するのか。

【聞き間違い】

 昨日スーパーで、ジャガイモを買ってきたのは私のはずだった。一袋には四つ、中くらいのサイズのジャガイモが入っていた。昨夜一つを食べた。

 残りは三つ。昨日は四つの中で一番大きいヤツを使ったから、残りはどれも中の中サイズだ。はじめに二つを入れたから、残りは確かに一つ。

 食べ物はどんな時でも大切だから、確かに「最後の大事なジャガイモ」というのは間違ってはいない。しかし食べ物は食べなければ無駄になってしまう。ましてや、より美味しくカレーを作るためのジャガイモだ。何が間違っているのか。

 「・・・・」

 大変なことが起きていた。「最後の大切なジャガイモ」についてしっかりと話し合った結果に驚いた。

 「ジャガイモは、種類によって溶け方が違うからね。」と言ったのを私はなぜか、

 「最後の大事なジャガイモだったんだよ。」と聞き間違いをしていた。

 何がどう聞き間違えていたのか、その片鱗すら掴めないような、渾身の聞き間違い。

 嗚呼、もう私も引退だな。と別に耳の仕事をしているわけでもないのに、そう思った。これは大切な気づきだと同時に痛感する。これは私の老害の始まりなのではないかと。

 今回は驚愕したが、ただの笑い話で済みそうだ。しかし、この確認を怠ったまま、齟齬を見過ごしたままで、何かを人のせいにしてしまうようになったら、これはとても危険だ。

 ジャガイモは、最後に私に大切な事を気づかせてくれた。ジャガイモを放っておくと毒を含んだ芽が出るように、と無理やりこじつけようとする感じもまたしかり。

【成長と老化】

 聞き間違いもそうだけど、確実に私の声も聞き取りにくくなっている。もともとかなり低い声だと人から言われているが、そもそも私は、高い音、低い音の区別があまりつかないので、人から言われないと分からない。

 その低い声にくわえ、最近、声帯が弱ってきているのか、さらに声に伸びがなく、低くなったように感じる。喉から出ないで首の周りで留まって響く感じだ。

 私は老化を認めるし、別に恐れていない。それは誰にでも訪れることだ。 山を登りをすれば、帰りは降りなのは人生も同じ。強がっていつまでも登り坂とい言う人がいたら、それは好きにされたらいいと思う。

 もう後ろに若い奴が追いついて来ていて、笑いながら抜かして行く。

 最近より大人びて来た息子に、先のジャガイモの聞き間違えの話をしたら笑っていた。馬鹿にするでもなくなんだか楽しそうに笑っていた。

 カレーの味の調整に使う牛乳がさっきなくなったから、買って来てほしいと頼んだ。以前だと少し嫌そうにして気分次第では断られたが、最近はあまり嫌な顔をしないで買いに行ってくれる。

 これは変化だ。彼の精神的な成長を感じる。なんだか頼りになる存在になりつつある。自分の老いのすぐ横で、こうやって青年の育みをみると、気持ちにハリが生まれる。

 「最後の大事な牛乳だったのに、使っちゃったんだね。」と彼はいう。

 聞き間違いかと、自分の耳を再び疑ったが、その答えがでる前に、彼は部屋をでていってしまう。

 いつもの牛乳が売ってないから、別のでもいいかと、わざわざ電話で確認して来てくれた割に、勝手に人のお金で自分の分だけアイスクリームを買って帰って来た。

 そういう確認を、あえて分かってしないあたりの成長も著しい今日この頃。

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【変革と旬】