【店とガジュマルと私】

【出会い】

ウチのガジュマルさんと出会った約15年ほど前の話をするキッカケがあった。

2026年1月10日。

風の強い昼下がりに、その巨木は店の扉を塞ぐように倒れていた。

ガジュマルという植物に出会ったのは、まだこのお店を出す2年ほど前の話だった。

熱くて熱くてどうしようもない夏の日。朝からアスファルトを焼いている直射日光は、今は見上げる角度から、辺り一体逃げ場のない熱を容赦なく照射している。

歩いているだけで、干からびてしまいそうになりながら、それでも僕は歩いていた。全てがうまく行くわけではない東京の生活に、心が折れそうになっていて、誰かに八つ当たりする代わりに、灼熱の真昼間の街をあてもなく歩いていた。

大崎に向かう山手通りの一角に、いずれ道路拡張する為にあけられた、名前もない広場に一つ、少し大きめのバケツに無造作に植えられた、その場に不釣り合いに大きな巨木があった。その木だけが青々と、この太陽こそ我が力の源と言わんばかりに、生い茂る葉が煌めいていた。

吸い寄せられるように近づいたのはもはや無意識の中だった。

こんな場所で、こんなバケツで、水なんて雨以外どこにもない。なのにその樹木の葉は炎天下でただ強く、誇らしく、大きく広がっていた。

その生命力を直感した。

【絆と育み】

目に焼き付けたその葉の名前は『ガジュマル』だと知った。別名で『締め殺しの木』ともいい亜熱帯、熱帯に生息する。

すぐに品川シーサイドのイオンへ行き、観葉植物売り場に向かった。ガジュマルがあった。鉢から20センチメートルくらい顔を出した可愛いやつだ。

3つの鉢があったが、気に入った子を直感で購入して、部屋の窓際に置く。良かった。こうして僕も強い味方ができたんだ。山手通りのあの金剛力士像のようなガジュマル様に比べたら、あまりに小さいけど、この子にはその力が宿っている。

約1年、窓際で育てていたら、突然お店を出す話が舞い込んできた。あれよあれよという間に、お店が始まり、ガジュマルさんは、お店の入口に置かれた。たまに吹く突風に、まだ軽いガジュマルさんは幾度となく倒されたけど、そんな事にめげることなく、スクスクと育っていった。

ひと夏で40センチメートル程も成長した。やがて私の背丈を越し、お店の看板も超えた。驚くほどの成長の早さとその生命力は誇らしかった。ガジュマルさんは御神木のように、お店を守ってくれていると思えた。

時に声をかけ、時に葉を触り、そのエネルギーを分けてもらった。これ以上大きな鉢に植え替えられないという段階で、根は鉢を超えて地面にまで伸び、やがてその根は腕ほどの太さになっていた。

すでにその頃には、背丈は4メートル程にたくましく、もう一体の金剛力士像のような力強さを持っていた。ただの木ではない。僕とガジュマルさんは絆で結ばれている。そう思って頑張れた日は数え切れない。

そして地面の隙間に入り込み根を張って、壁から麻紐で結んでサポートはしているが、もう完全に自立して何年も倒れるような事はなかった。

【店とガジュマルと私】

この14年間で1番強い風が吹いたのか。年明けの突風で張り巡らせた根も細い部分は引きちぎられ、ガジュマルさんは店の扉を塞ぐように倒れていた。

近くを通ったお客様がその写真を送ってくれた。見て僕は「あり得ない。」そう思ったけど昨今の気候は、あり得ない事だらけだった。

倒れてしまった以上、そのまま立ててもまた倒れる。何処までも大きくなっていったガジュマルさんも、整えてあげる日がとうとう来たのだと直感した。

これが植木鉢じゃなければ、もっともっと大きくなって、沖縄の山奥でみたキジムナアの宿るような大樹になったかも知らないけど。仕方ない。

大き過ぎて、重過ぎて大幅に剪定しないと倒れたガジュマルさんを立てる事もままならない。これからも一緒にここで過ごして行くために、程よい大きさに切らないとダメだった。

切った枝葉はゴミ袋5袋をパンパンにした。大分スリムになったし、太い枝のてっぺんを切ると、さらに上には伸びないのがガジュマルの性質だ。

また倒れないように、2ヶ所を麻紐で結び様子を見ている。1番生い茂っていた時の1/3程のボリュームになったけど、それでもまた夏が来る頃には新しい葉をキラキラさせながら広げてくれるだろう。

僕が切るのが下手なせいで、突然倒れて慌てて切ったせいで、今は木肌が露出して「ごめんね。」と言いたいけど、ガジュマルさんの生命力は凄いから大丈夫。また元気な葉を沢山芽吹かせてくれる。

そんなガジュマルさんとの約15年。「ありがとう。そしてこれからもお店と僕を支えてください。」と僕は小さく呟いた。

《思いつき外伝‼️》

【🎼締め殺しのメロディ🎶】

その巨木を人は『締め殺しの木』と呼んだ。その木は他の植物の上に覆い被さるように生息し、やがてその植物を無数の足のように伸びた太い根で締め殺してしまうからだ。

男が長年愛したガジュマルは、大きくなり過ぎて突風で倒れた。同じ日に男もまた、突風にバランスを崩し歩道橋から転げ落ちて左足を骨折して入院した。どちらも、その日の15時26分に吹いた突風の直後のことだった。

入院先で妻は男に、ガジュマルは行政に処分された事を告げた。不可抗力なのは分かっていた。でも男はそれを悔やんだ。怪我さえ無ければすぐに行って何かしらの対応ができたはずだった。

処分となってもせめて、その枝の一本でも切り取って、再び芽が出たら小さな鉢でも入れてまた育てることができたはずだ。 

行政に連絡しても詳細を聞くことはできなかった、何処に運ばれたのか、またはゴミとして処分されたのかも知らされなかった。

妻は退院した男を止めたが、すぐに止めても無駄だと悟り、止めるのを諦めた。

男はそれをやり遂げるまで、いつ帰るかわからないと、妻に告げて飛んだ。

那覇空港の近くで借りたレンタカーに乗り込むと、男は迷わずに北を目指した。沖縄本島北部の聖地、大石林山。5年ほど前に旅行で訪れた、キジムナアの住むといわれるガジュマルの森だ。

妻には、それは犯罪でもあると強く止められたが、男の衝動は止められなかった。いや、止められる程に男はそれを最後の使命だと強く思い込んだ。

男の目的は1つだった。キジムナアの森で、小さなガジュマルの枝を1本採取して、それを東京に持って帰って、また育てたかったのだ。

しかし、当然、そこは国が保護する自然公園だったので、そこのそこに生息するガジュマルの枝を切ることなど、初めから許されていないし、仮にそれができたとしても、勝手に島から植物を持ち出す事は禁じられていた。そして何よりもそこはギジムナアが住むといわれる、深い森だったのだ。

男は、正規のルートを使わずに、その森に入り込むと、巨大なガジュマルが生息する山の奥へ奥へと進んでいった。男にとって誤算が2つあった。到着した時、既にほとんど陽が沈みかかっていたことと、まだ足の怪我が完治していなかったので、歩くたびに痛みが走り、足を引きずりながらの登山となったことだ。

それでも男はビッコを引きながら、でも必死に前へ前へと進んでいった。そして、男は、とうとう、巨木の立ち並ぶガジュマルの森にたどり着いた。森の中はすでに暗く、空はかろうじて夕焼けが残っていた。

見上げた巨木の枝を、何とか1本だけでも取ろうと手を伸ばすが、高すぎて届かない。足元には、巨木の根が上からなのか下からなのかも、わからないように伸びて、その場を支配していた。

この森には、キジムナアが住んでいると、男は直感した。本当に暗くなってしまう前に、何とか1本の枝を切り落として山を出なければと焦った。

その手を精一杯に伸ばして、1本の小さな細い枝をつかんだ。切り取るというよりも、もはやそれはむしり取るようなやり方だった。枝がボキっと音を立てて折れた途端に、バランスを崩し、体重の乗った左足は痛みで体を支えられなくなり、男は締め殺しの木といわれる巨木の根に頭から倒れ込んで意識を失った。

沖縄に向けて立った日から3日が過ぎても男から何も連絡がないことに、さすがに妻も困惑した。夢中になると周りが見えなくなる性質はよく知っていたが、それでも3日も音信不通になる事は今までなかった。

沖縄県警に連絡を入れたものの、1週間経っても1ヵ月経っても男の情報は何ひとつ掴めなかった。大石林山の管理事務所の職員さん達も、何度も山を捜索したが、遭難した人の姿は見つかっていないとの事だった。それ以外は何も知らされなかった。

山の看板は、赤い髪のギジムナアの可愛いイラストが描かれ、「夜に山に入るとあぶないよ!ガジュマルの枝を折ってはいけないよ!!」と観光客への注意喚起をしていた。

数年が経ち、山全体が青々と、緑の葉を生い茂らせている頃、風で折れたのか、誰かに折られたのか、かつて小さな枝だったであろう、ガジュマルの枝からは立派な根が四方に伸び、既に人の背丈はあろうというほどの大きさに成長していた。

締め殺しの木と呼ばれる、その木の根の下には、丁度、人ひとりくらいの何かがあり、その根が大事に包み込むように、苔むした土が盛り上がっていた。それは、まるで人が何かを大事に持って倒れているような形で、手に見える部分からそのガジュマルの1番太い幹が伸びている。まるでその手が、そのかつて小さくて細かった枝を大切に、大切に、もう倒れたりすることがないように。

女はひとり、歩道橋からの景色を懐かしむように眺めていた。それはかつての突風の日に、自分の目の前から勢い良く夫が転げ落ちて怪我をした、その歩道橋だった。穏やかな春風がもうすぐ夏をつれてくる。

締め殺しの木と呼ばれるガジュマルの木は、また何処かでアオイ葉をその風になびかせている。

※思いつきのフィクションです。

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【丁寧に】