【塩の山】

※今回はコラムではなくてショートショートの投稿です。ショートショートは星新一先生に代表される、1500文字程度の短い小説です。

AIが世界の知を席巻しようと、人間の世界に襲いかかってきているのに、人間はAIに大量の水を捧げるために、日々努力をおしまない。

世界の主要な湖の水は、50%を切って久しい。

発明家のエムはいつも考えていた。どうにかならないものかと。

AIが世界に普及して、アメリカという国では、情報処理センターの建築が、年毎に倍に、倍にと増えている。コンピューターは情報を処理する時に、驚くべきほどの熱を発し、それを放置すると焼けて壊れる。

それを冷やすためには水がいる。情報処理センターで毎年使われる水の量は、もはや1つの地方都市と変わらないレベルに至っていた。それでも建設ラッシュは倍に、倍にと増えていった。

3度ほど冷却のために使われた水は汚れて排水されるので、このエリアの水は枯渇への一途を辿っていった。

質量保存の法則で、水が地球自体から目に見えて減る事はないとされている。それなのに、ここにはもう水がない、という場所は世界各地に増え続けている。

水はどこにいったのか。

そう。海だ。

水はたくさん海にあるのに、水を求める人がいる場所には、水がこない。発明家のエムはどうしてもそれが許せなかった。

そして思いついた浸透圧を使った超高性能なフィルターを、海岸線沿いいっぱいに設置した。真水を作る工場だ。冷却水として使えるのは、真水じゃないとだめだから。

超高性能フィルターは、凄かった。海水をそこに通すだけで、充分に人が飲める位の真水が作られた。しかし問題が発生してしまった。海から水を汲み上げるのに多くの電力を費やしてしまうのだ。

そしてできた真水を人の住む場所や情報処理センターのある場所に運ぶのにも、たくさんのガソリンを使うことになる。

それでも、大手のAI企業は、いくらでもお金は出すからと真水を買った。

便利なものだからと、人はAIにたくさんの要求をした。その度に沢山の電力が使われ、冷やすための水が使われ、その水を作るために電力が使われ、運ぶためにガソリンが使われた。

発明家のエムの作った真水工場の横の元々なだらかだった丘には、もう工場より大きな塩の山ができていた。それは、海から汲み上げた塩水を真水に変える時に精製される塩だった。

塩の山はどんどん大きくなるけれど、塩を欲するものは、多くなかったし、その塩は食用として作られていないので、ただの産業廃棄物として、そこに溜まっていった。

人が自分の頭で考えていた時代は、考える事に、こんなに真水を必要としていなかったのに。とエムは思った。

塩の山はどんどんと大きくなって、もう真水工場からは、白い塩山しか見えなかった。そして振り返ると反対側は、無限に広がる大海原だ。

エムはおかしくなりそうだった。真水を作る度に塩の山は大きくなる。エムはその塩の山を何処かに埋めようとした。しかしそれをすぐにやめた。それもまた世界を壊してしまうかも知れないから。

昔は誰が真水を作ってくれていたのか。

昔は海に水が流れ、塩を海に残して、真水として蒸発し、雲となって山に運ばれ、雨となって降ったものが、山や湖に溜まって、毎日の人の営みを支えた。

エムは発明家となった事に虚しさを覚えた。そして高々とそびえる塩の山を見上げた。その上には真っ黒く、分厚い雲に覆われた空があった。

それから、三日三晩の大雨が続いた。例年の異常気象だと言う矛盾した報道に熱が帯びた。

エムは三日三晩、部屋からでる事ができずにいた。四日目の朝。窓から差し込む美しい日差しで目を覚ました。

丘から日差しが差し込むのはもう何年ぶりだろうか。窓を開けたエムが見たのは、塩のなくなった、なだらかな丘だった。

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